好奇心から生まれる「子どもの本物の学び」

「独創性とは、起源に近づくことである」。
~アントニオ・ガウディ~
(スペインの有名な建築家)

独創性は、そのものの本質に迫ることで
生まれてきます。

私たちの専門は、
「子どもたちがその子らしく
自由に学ぶ場を作ること」です。

では私たちは、学ぶことの本質を
どうとらえているのでしょうか。

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日本の学校教育では、
「子どもは学ばなければいけないから学ばせる」
ととらえているでしょう。

社会が望む姿に近づけていくために
知識や規律を教えこむことで、子どもを一人前にしていくという
考え方があります。

だから、学ぶべきこと(カリキュラム)が準備され
小学1年はこんな勉強(1年で習う80文字の漢字など)がと
決められています。

学校では、子どもが学ぶことを自分たちで考えて
選ぶのではなく、
学ぶ内容も順番も初めから大人が決めています。

時間割が決められ、みんなと一緒に学びます。

一人の先生がたくさんの子どもを
一度に教えるのは効率が優先されるからです。

みんなと同じように、できることが
いつも大切にされて、

そこに合わせることが大変な子は
学校の中で大変な努力を強いられます。

学校の先生は「決められたことを教える人」
ティーチングマシーンであり、

夢を持って先生になった人は、
そのギャップに苦しみます。
子どもの学びたいことではなく
先生の教えたいことでもなく

そんな授業が現実に行われているのが
今の学校の姿というのは言い過ぎでしょか?

確かに、いろいろな子どもの想いを
叶えられるだけの力量を持つ
プロといえる先生も
いますが、それはほんの一握りです。

そういう先生が担任しない限り、
授業は単調でつまらなく、
子どもは勉強することに大きなストレスを感じます。

その結果、勉強嫌いの子どもを
大量に輩出してしまいます。

小学1年を担任するとわかると思いますが
子どもたちは勉強をとても楽しみにしています。

でも、学年が上がる間に、勉強嫌いが増えていきます。

小学3年生の50パーセントが
中学3年の75パーセントが
勉強嫌いと言われています。

勉強嫌いを学校システムが
作ってしまっていないでしょうか?

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「さくらんぼ学園」では
「子どもは学ばなければいけないから学ばせる」
という発想は全く考えていません。
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「子どもは学びたくなるから学ぶ」といいう考えを
原点においています。

その根拠は人間には誰もが「好奇心」があるからです。
特に子どもは「好奇心の塊」です。

この「好奇心の炎」を燃やし続ける時間と場所を
保障するのが、学び場の役割です。
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まず第一に
「何が好きで、何が嫌いか」
子どもの自由な意思が尊重されなければなりません。

「子どもは学びたくなるから学ぶ」のです。

だから、子どもがやりたいことを出発点に
学びをデザインすればいいのです。

では、学びをデザインするのは誰でしょう?

それも子ども自身です。

「自分がどうなりたいか?」
「自分が何をしたいか?」
「どうやってやるか?」

大人は、その思いを受けとめ
必要とされる時にサポートすればいいのです。

中には「嫌いなことを教え込む」ことが
大切だという人もいるでしょう。

確かに高校に入るため、大学に入るために
また社会で生きていくために必要な勉強もあります。

でも、それは、必要だと思ったその時に
スタートすれば、それでいいのです。

「心配や不安」を煽り立てる必要はありません。

それで大丈夫な例は、周りにたくさんあります。
私たちは、そう信じています。
もし大人が「絶対に教えなければいけないこと」があるとしたら
それは「自分たちの背中」で静かに語ればいいのです。

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